古泉和彦
1982年 東京生まれ 2014年よりタイに在住。バンコクに4店舗を構える「北海道原始焼き」北海道直送の素材をメインに使った料理を提供する居酒屋を2店舗運営するオーナー。飲食店オーナーの傍ら、商品開発、輸出促進サポート事業なども手掛ける。
タイ店舗情報
■Hokkaido Robata Genshiyaki Sukhumvit 31
(北海道 炉端 原始焼き スクンビット 31)
*テーマは純粋な和食炉端焼き
*スクンビット 31という人通りの多い通りに立地
* 日本食店が数多くあるバンコクでも、日本食材の使用率がとびぬけて高い店
■Hokkaido Restaurant Genshiyaki to Kamameshi
(北海道レストラン 原始焼きと釜飯 エカマイ12)
*テーマはご当地釜飯を話題性にタイ人にも分かりやすい日本の大衆居酒屋
*エカマイ通りに面する店舗 通り沿いにはブティック、スパ、エステなどが並んでいる
*前日に獲れた道産海産物が入荷するなど、人気の北海道食材を取り扱う居酒屋
まず飲食業界に関わるキッカケについてお聞かせください。
学生時代のアルバイトが飲食業に携わるきっかけです。飲食業は飲み物食べ物を売る業種ですが、それに付随して多くの付加価値を提供する側面があり、業態として最も古い商いかと思っています。また、他の業種と違いお客さまが消費する場面を目の前で見れますし、満足してもらったときの喜びとそうでなかった時の悔しさの落差が激しいところに魅了されました。
なぜタイでお店を始めようと思ったのか、経緯についてお聞かせください。
まずは地理的な環境です。ASEAN各国がこれから経済成長するのは間違いなく、その中心に位置するタイも成長していくのが必然だと考えました。また飲食関連業にとって生活インフラや物流インフラが整っていることは重要で、その点においてもタイは先進国と変わらない水準にあると実感できたのも大きなポイントです。
また立憲君主制と植民地化されたことがない歴史、温暖な気候という背景からタイ国民の自国経済に対する安心感が強く消費傾向が高いことや、アジア通貨危機からの脱却も早く外交的中立のバランスにも優れている点など。さらには外貨準備高も多いという点でデフォルトや経済危機の可能性も相対的に低く、日本と同じくエネルギー問題、中国依存問題、少子高齢化問題などを抱えてはいますが、それと経済成長は相関がなく自国通貨での国債発行ができるうちは安心してビジネスができるのでは思ったからでもあります。
お店で扱う多くの食材を日本から輸入されているかと思いますが、輸送面において苦労等はないでしょうか?
自分がタイに来てから輸送の部分はだいぶ進化したのではないかと思います。なかでも北海道立工業技術センター様と一緒に特殊な技術で鮮度保持を行った輸送実験で、函館で水揚げされた鮮魚が翌日にはバンコクへ到着。札幌と同レベルの鮮魚をバンコクで提供できるようになりました。この実験では日本国内便からタイへの国際便への受け渡しが1社で時短できたJALグループ様の物流革命も大きく関係しています。
また3年程前にJALグループ様がこの自社輸送ネットワークを活かし、タイ・バンコクで初の日本生鮮卸売市場を開業。今では仕入れにおいては高鮮度な日本食材がバンコクで身近に入手できるので大変便利になりました。
■Thonglor Nihon Ichiba(トンロー日本市場)
タイ人に反響があった日本食材や、今後、現地で求められるであろう食のポイントなど感じていらっしゃる点についてお聞かせください。
北海道の雪の下キャベツを販売したときにタイ人の方に非常に喜ばれました。もちろんタイにもキャベツはありますしタイのキャベツと比べて非常に高価なのですが、味や大きさ、鮮度などが全くタイと違うという点で飛ぶように売れたことが印象的でしたね。
また、コロナは人々の意識に大きな影響を与えたと思っております。それが健康に関する意識であり、タイでも健康ブームは顕著で日々の食事や運動などへの関心が非常に高まっています。ですので、今後は素材がどこで作られ、どのように提供されているのか、より安心できるものをという事が重要視されていくかと思います。そういった点で日本の青果物などは非常に評価が高く、これから伸びしろがあるであろうと感じています。
現在、コロナでお店が営業できず大変な状況かと思いますが、何か売上を確保するために取り組まれていることなどありますでしょうか?
コロナ禍でタイ人も自炊をする方が増えていたりするので調理動画制作などチャレンジしており、小売店で販売できる商品の開発やライブコマースの準備なども行っています。個人的に飲食店というのは一つの販売手段だと考えており、より多くのチャネルで販売できる仕組みが必要と思っています。
今までの小売店はメーカーの開発した商品を並べているだけでしたが、もっとこういった商品が欲しいとかこういう顧客を獲得したいといった戦略が細分化されつつあります。その要望に応えられるような多品種少量生産の仕組み作りが大事になってきます。ポストコロナに向け、郊外での物産展など今まで簡単に入手できなかった方にも日本の食材をもっと知ってもらえるリアルな場を作っていこうと準備を行っています。
タイへの日本食材の輸出促進の可能性について、古泉様のお考えなどありましたらお聞かせください。
日本からの食品輸出でいうと1位は香港で約2,000億円ほどでタイは7位で約400億円です。香港は人口約700万人で日本食店は約1,400店、タイは人口6,800万人で日本食店は4,000店以上あります。これを比較すればタイにおける日本食材マーケットがいかに可能性があるか分かると思います。大きい市場がありながらうまく数字を伸ばせていない原因は二つあるかと自分は考えています。
一つは日本食店で他国産食材を売られている事です。代表的なのはノルウェーサーモン、豪州産和牛、韓国産果物です。物流量で圧倒されているのではなく政府の政策姿勢だと思っています。他国は国の政策で押してきますからなかなか対抗ができません。もう一つは日本人は高品質で価格が安ければ売れると思っている事です。この考えは海外展開において全く当てはまらないと思います。きちんと情報が届かなければ消費者はもともと知っているモノ、ブランドを選ぶ傾向にありますので、いつもと違うものを選ばせるにはそれなりの広報宣伝が必要かと考えます。
タイだけでなく世界中で日本産食材は求められています。ただ物流網が整備されていなかったり、うまく広報できていなかったりして意外とこのあたりの情報が入手できていない方が多くいるのではないかと思います。また、世界中の産地の中で高価格高品質で売れるのは日本産だけだと私は実感していますので、安易に値下げして売る方法論ではなく、いかに高く買ってもらうかという戦略もこれからもっと重要になっていくことでしょう。
また、これからタイへ輸出促進を検討されている方々に向けて、メッセージなどありましたらお聞かせください。
食のPRに正解はないので色々な手法を試す必要があると思います。物流や商流も大事ですが、消費者が欲しいものを事業者は必ず売りたいはずなので、まずは消費者にきちんとPRすることが大切かと考えます。また事業者への売り込みに関しては期間を決めてのフェアやイベントの企画が入りやすいのではないかとも思います。輸出時のFDA登録や輸送には思ったより時間がかかりますが、費用はそこまでかかりませんので、まずは自社製品が輸出することが可能なのかを関係機関に問い合わせてみる事から始められるといいと思います。
よく「この商品売れますか?」と聞かれる事も多いのですが、禁止項目以外は売れるチャンスは必ずあります。ただし売り方を間違えるとまったく売れません。例えば「なんにでも合う万能ソース」と言われても、買い手は何に使ったらいいのかよくわかりません。肉に合うソースなのか魚なのか、もっといえば「ドライエージのステーキにはこのソース」とか「うに用のソース」といったターゲットを絞り込んだ戦略も必要だと思います。 日本人がタイ料理を知らないようにタイの方々も日本食の奥深さをまだまだ知りません。その情報発信と販売を組み合わせるだけで市場は今の何倍にもなると私は思っています。
最後に今後の計画や展望などありましたらお聞かせください。
日本産食材をもっと知ってもらうためにより詳しい情報を発信できるECサイトを構築したいと準備しています。東南アジアではEC自体の普及は進んでいますが、食品に関してはまだまだ成功しているところはありません。なぜなら配送と食品に関するノウハウがないからです。コロナ禍によって業種の垣根が壊され、これからはノウハウの共有や他業種とのコラボは一層進んでいくのではないかと思います。なぜなら一つの販売チャネルでは不測の事態に対応できないからです。しかし金余りの状況や健康への関心の高まりから食品市場は拡大を続けることは間違いないでしょう。
また、情報の感度や鮮度も大切になってくるかと思います。文章から写真へ、写真から動画へと見られる情報の感度はどんどん変化していますし、より新しい情報が欲しいという二次情報から一次情報への移行も見られます。また「誰が」発信している情報なのかというのも重要になってきます。様々な立場で発信できるようになった一方で不確かな情報も多い中、信頼度がより高いのはどの情報なのか分からなくなってきているからです。その点においても日本という信頼性と作り手の信頼性も担保された情報は必ず価値が出てくると思っています。安心・安全な日本の食をタイのみならず世界中の方々に届けていくために頑張っていきたいと思っています。
インタビュー:タイ日系居酒屋オーナー 古泉和彦氏
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